今日の戯言・第十夜

こんな夢を見た。ある夕方一人の女が不意に水菓子屋の店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。そこで大事なパナマの帽子を脱って丁寧に挨拶をしたら、女は籠詰の一番大きいのを提げて見て、大変重い事と云った。ではお宅まで持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出、電車へ乗って山へ行った。電車を下りると非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかり生えていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁の天辺へ出た。その時女が、ここから飛び込んで御覧なさいと云った。底を覗いて見ると切岸は見えるが底は見えない。私はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、豚に舐められますが好うござんすかと聞いた。そして豚が一匹鼻を鳴らして来た。私は仕方なしに持っていた洋杖で、豚の鼻頭を打った。豚は晴れのちぐうと云いながら絶壁の下へ落ちて行った。するとまた一匹の豚が大きな鼻を擦りつけに来た。私はやむをえずまた洋杖を振り上げた。豚はぐうと鳴いてまた真逆様に穴の底へ転げ込んだ。するとまた一匹あらわれた。この時私はふと気がついて向うを見ると、遥かの青草原の尽きる辺から幾万匹か数え切れぬ豚が、群をなして一直線に、この絶壁の上に立っている私を目懸けて鼻を鳴らしてくる。私はうんざりしてからこう思った。「ハンニバルかよ」 女は何時の間にか、魚の捕獲用の掌一面にトゲが生えている手袋でウツボを掴んでいた。片方の手でウツボの頭の後ろを掴んだまま、女はもう片方の手で私の顎を力任せに開かせようと努力していたが、私は女に足払いを掛け軽く振り払った。そして倒れた女からウツボを奪い取り、「ウツボ獲ったどー!」と叫びながら頭上にかざすと、そのまま崖下に放り捨てて、「映画でマーゴを削っちゃったから、話がおかしくなったのよ」と呟く女を尻目に家へ戻ってきた。健さんは私の話をここまで聴いて、だからあんまり女を見るのは善くないよと云った。自分ももっともだと思った。けれども健さんは私のパナマの帽子が貰いたいと云っていた。それにムッとした私は健さんを無理やり例の絶壁の天辺まで連れてきた。崖下には件の転げ落ちた豚がぐうぐうと喧しい。構わず私は健さんを車椅子に乗せ、まだそこにいた女にこう云った。「コーデル、突き落とせ、私のせいにしろ」 健さんは助かるまい。パナマは私のものである。つーか『〜ライジング』もそうだったけど、映画版って原作の重要なとこ削っちゃいますわよね。