「あなたは知らなくてもよくってよな世界」 第1話・その4

あきらめて獣道を下り、キャンプ場に戻った瞬間、お姉さんは自分の目を疑ったそうです。うん、いつの間にか夜が明けて、すっかり朝になってたらしいのですよ。直前まで木々の隙間からの月の光を頼りに歩いていたのに、いきなりの明るい朝の光景に呆然としながらバンガローに戻ると、すでに起床していて心配していた親に「勝手に出歩くんじゃありません」と怒られて、「いや、私はほんの少しだけしか外に出ていない」と、それまでの経緯を説明したら更に怒られるwとゆーコンボに憮然としていると、お母さんが「ところで靴はどうしたの?」とお姉さんの足元を指差したんですね。うん、これまたいつの間にか履いていたはずの靴が両方とも無く、お姉さんはドロだらけの靴下でそこに立っていたそうです。「いや、寝ぼけていたとかそーゆー事は絶対に無い。だってホントに狐を見失ってキャンプ場に戻る寸前まで真夜中だったし、靴もちゃんと履いていたのをしっかり覚えている」とお姉さんは力説し、どーゆー事だかさっぱり分からなくてきょとんとしている私に向かって、お姉さんはにっこり笑いながらこう話を締めくくりました。「まぁ考えられるとするなら、やっぱり“狐に化かされた”って事だと思う」と。まぁね。この話が本当にあった事なのか、退屈していた私を面白がらせようと作った話なのかは分かりませんけどね。でもその時の暑い陽射しの匂いと、木の洞の古びた匂いに混じって漂っていたお姉さんのシャンプーの匂いと共に、年月を経てお姉さんの年齢も背丈もとうに越えてタバコと酒の味が分かるようになっても、何故か不思議と覚えていたんですよね。── そして今から数年前の夏に、この話を強烈に思い出す事となったわけなのですよ。【つづく】